私記 駆け出しWebディレクターの日記

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何故中華帝国は分裂しても復活して地中海帝国は復活しなかったのか?自分なりに考えてみた②

こんにちは!

管理人のマスノです。

今日はこの記事の続きを書きたいと思います。

www.shiki-kakedashi.com

 

 

前回のまとめとしては、

ローマ帝国が再統一されなかったの理由は、「文化・文明を保護する知識人の層が中華では残ったが、ローマ世界でそれを担った元老院階級が滅びてしまったから」としました。

 

1:ローマ帝国は現在から考えてもチート国家

2:少数の富裕エリートである元老院議員がその支配・指導者層

3:元老院は金持ちだけど多額の寄付をしたり無償で議員になるなどめちゃくちゃ帝国に貢献した

4:いろいろあって異民族に侵攻されて分裂した

5:再統一しようと思ったが結局出来ないまま今に至る

 

ローマ市民から支持を失った元老院議員

全盛期のローマで、金持ちだけど多額の寄付をしたり無償で議員になるなどめちゃくちゃ帝国に貢献した元老院議員ですが、衰退期に入る3世紀〜4世紀の間に変化が起こります。

ローマの文化・文明を担うと自負し、ノブレスオブリージュにより自身の富を都市や貧困層に還元して市民の支持を得ていた彼らですが、3世紀末にはどうやらそういった行いを停止したようです。

様々な要因があると思うけど、これはおそらく元老院議員の精神的な変化が理由だと思われます。

一例をあげると、3世紀末ごろから碑文を建てる習慣が彼らの中から消えました。

元老院議員は都市や市民に施しを行い後代まで自分の記憶や名声を残そうとしていました。

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※ローマ街道(道路)のあちこちにこういった碑文が建てらていて、道ゆく人に自分の功績を誇っていた。

ノブレスオブリージュも自分の名声を後世や子孫に残すためにしていた側面も大いにあると思うので、この習慣が消えることとノブレスオブリージュの停止=ローマ市民からの支持の低下がおこったのだと考えれらます。

 

帝国の衰退でローマは不景気になりました。

さらに蛮族の進行も激しくなり先行きが見えない世の中。

こうなると万が一のために貯金をする人が多くなるのは今も同じで、この時代も広大な土地と富を持つ元老院議員は自身の富を蓄えローマ市民に還元しなくなったのだと思います。

その結果貧富の格差がますます広がっていきます。

自分は明日もどうなるかわからないのに、支配層である元老院議員は何の施しもせず、ましては税をとるだけ取ってローマ帝国という共同体に対して何ら貢献していない...現在の国会議員に対する国民感情と似たようなものがローマ市民の中に生じたのは必然的でしょう。

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話が逸れるけどキリスト教が浸透していったのは、元老院議員が行っていたノブレスオブリージュを、喜捨という形で彼らが貧民層やローマ市民にし行っていたのが大きいと思います。

 

そしてローマ文明の担い手は消滅した

 

帝国末期の元老院議員がどういったものかというと..

例えば本章でたびたび名前を挙げてきてシュンマスクは、

カンパニア地方のバイアエでの保養中に、近郊のベネウェントゥムを訪れたことがあった。当時ベネウェントゥムは地震災害を受けて復興中であったにもかかわらず、市民はシュンマスクをパトロンとして歓待した。

しかしシュンマスクは見返りを求められることを恐れてそそくさと街を退去してしまうのである。

本来であればシュンマスクは自発的にパトロンとしてノブレスオブリージュをおこなうべきであった
※井上文則著 「軍人皇帝のローマ」より一部改変して抜粋

自分を歓待した被災地に何も施しをせずに退去するという行為は、2世紀までの元老院には見られなかった行いです。

シュンマスクはこの時代の元老院議員の中でも特別に貧乏というわけではなく、息子の就任祝いに日本円で換算すると30億円の費用を出してお祝いをしています。

今だに自分の子供に対してこういったことをするお金持ちっていまよね。

しかもこれで元老院議員の中では中程度の金持ちだったようです。

つまり想像以上に富は富める人の場所に集中したのがわかります。

このシュンマスクですら、見返りを恐れて被災地から逃げ出すような精神の持ち主でした。こんなことをしていたら元老院議員とローマ市民の大多数との関係が悪くなるのは必然ですね。 

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このコンスタンティヌス帝に始まる軍人貴族(定着した蛮族を含む)がなぜ元老院議員と婚姻関係を結び、自ら元老院貴族とならなかったのか、それはこのローマ市民からの圧倒的な不人気が原因だと思います。

 

そして蛮族のイタリア進行などによって元老院議員は所有する広大な富や土地を奪われ消えていきます。そして、ローマ文明は新たな支配者層に引き継がれることがなく消滅しました。

民衆からの支持があれば、中華のように軍人貴族と元老院議員が結びつき、新たな支配者層の中でそれ以前の高度な文化・文明が維持されたと思います。

 

中華では文明・文化圏の統一がなされていたので何度分裂しても再度統一の方向に進んだのに対して、地中海ではそもそも基準となる文明が消滅したので統一的な国家アイデンティティを生み出せず今に至るのだと思います。

実際、文明的に統一されたビザンツ帝国ローマ帝国)は1000年続きました。

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今日はここまでにします。
次回は中華文明の支配者について考えたことを書きたいと思います。

まとめると、

1:3世紀から不景気などの影響で元老院議員の精神に変化が生まれ、市民や都市に対して寄付をしなくなった

2:その結果、市民からめちゃくちゃ嫌われた。当然貧富の格差が広がる

3:新しい支配者層である軍人貴族(定着した蛮族含む)は市民から嫌われた元老院議員と婚姻関係を結ぶのを拒んだ

4:蛮族のイタリア進行などによって元老院層は消滅。元老院議員が担っていたローマ文明も引き継ぐ支配者層がなくなり消滅

5:中華は支配者層である軍人貴族(定着した蛮族含む)と元老院議員が結びついて、文明が次世代に引き継がれた

6:中華と違い地中海は統一された文化・文明圏を持たなくなったので、ローマ帝国は復活することはなかった

 

参考文献

・井上文則著「軍人皇帝のローマ」

川勝義雄著「魏晋南北朝

宮崎市定著「大唐帝国

・ブライアンウォード著「ローマ帝国の崩壊 文明が終わるということ」